今年度の『映画学』が完成しました!今年は例年よりも早く、年内に発行することができました。今日、発送作業も済んだので、OB・OG、関係者の皆様には間もなく現物がお手元に届くと思います。目次は以下のようになっています。
[特集 日本映画、新しい視点から]
映画「四谷怪談」考――豊田四郎『四谷怪談』における悪の描出(広瀬愛)
溝口健二『西鶴一代女』と『近松物語』――そのスタイルをめぐって(佐藤圭)
今村昌平における「棄民」の思想(柴田緑)
戦時下の「歴史映画」――『阿部一族』を手掛かりにして(鈴木啓文)
[論文]
教育博物館による幻燈の普及(中川望)
「キネマトグラフィヤ」と「キノ‐グラース」(鈴木啓文)
[特集 バザン、カヴェル、ドゥルーズ――映画理論の臨界]
アンドレ・バザンの写真イメージの存在論と認識の教育(斎藤耕史郎)
ハリウッド・エクス・マキナ――スタンリー・カヴェル『幸福の追求』に関する試論(木原圭翔)
二つの鏡――ジル・ドゥルーズと映画における自己反省作用(今野真)
[報告]
レイモン・ベルール講演会「映画と写真の出会い」の報告(今野真)
イェール大学夏季短期プログラムに参加して(佐藤圭)
ぜひ一度ご覧になってみてください。
木原
2009年12月25日金曜日
2009年10月23日金曜日
レイモン・ベルール講演会のお知らせ
来る11月4日、早稲田大学で映画学者、レイモン・ベルール先生の講演が行われます。詳細は下記になります。入場無料・予約不要ということですから、ぜひご参加ください。
また、先立つ10月31日には、ヨコハマ国際映像祭2009の一環として、ベルール先生の講演「35年後 ── 「見出せないテクスト」再考」とその講演を踏まえたセッション「装置間の争い ── 映像メディアの混淆とその体験」が開催されます。セッションにはベルール先生のほか、関西大学の堀潤之先生、ストックホルム大学のトロン・ルンデモ先生、早稲田大学の武田潔先生が参加されるそうです。こちらにもぜひ足をお運びください。
レイモン・ベルール講演会
映画と写真の出会い
映画と写真の出会い
『日曜日の人々』における不確かな2分間
「ヨコハマ国際映像祭2009」の招聘で来日するフランスの高名な映像理論家レイモン・ベルール氏が、サイレンと末期のドイツ・ドキュメンタリー映画の傑作『日曜日の人々』(ロベルト・ジオドマク、エドガー・G・ウルマー共同監督、1930年)を取り上げ、そこに現れる「画面静止」の瞬間を手がかりに、映画と写真の相関について論じます。
講師 レイモン・ベルール(フランス国立科学研究センター名誉研究主任、雑誌『トラフィック』編集委員)
日時 2009年11月4日(水) 15時~17時
会場 早稲田大学文学学術院(戸山キャンパス)第一会議室(プレハブ校舎2階)
主催 早稲田大学演劇映像学会(Tel 03-5286-3631)
協力 ヨコハマ国際映像祭2009
通訳付き 入場無料・予約不要
今野 真
2009年10月18日日曜日
記録映画アーカイブ・プロジェクト ワークショップ報告
今日は、東京大学大学院情報学環が主催する、「たのしい科学 岩波映画の理科教室」に行ってきました。記録映画アーカイブ・プロジェクトが行うワークショップには今回初めて私は参加しましたが、前回の「イメージとしての開発 岩波映画・佐久間ダムを見る」に引き続き岩波映画を特集したこの企画は、一見地味なように見えながらも非常に内容の濃いもので、大変貴重な体験となりました。
計4本の科学映画の上映の他、実際に中学・高校で現在教鞭をとられている先生が模擬授業したりするなど、プログラムの構成にも様々な工夫がなされ、観客を楽しませてくれます(途中、休憩の合図に学校のチャイムが鳴るサービスもありました)。特に『ものの燃える速さ』という映画では、粉々にされた炭に火がつき、それが爆発した瞬間、客席からは驚きの声が上がり、みなさんそれぞれが科学映画の魅力に引き込まれていっていたように思います。
しかしながら、今回のイヴェントで最も印象的だったのは、会場にいた多くの人が同様に感じたであろう、岩波映画製作所OB、牧衷(まきちゅう)さんのお話です。入社試験のエピソードから製作の苦労話、予算の問題など、当時の様子を実に鮮明に記憶されており、牧さんがもつ科学映画に対する情熱がひしひしと伝わってきました。このような話は単に歴史的証言として貴重なだけではありません。牧さんのお話で特に興味深かったのは、DVDという新しいメディアが持つ可能性についてです。科学映画はその性質上、基本的に学校の授業で使われていましたが(あるいは今回上映されたものにはテレビ用のものもありました)、その際、映像をいったん止め、実験の結果を彼らに考えさせたり、議論させたりすることが生徒の理解を促進する有効な手段になる場合があります。当時のフィルム上映の場合には、実際に映写機を一度止める必要があり、牧さんの話では、映写機を止める指示を字幕で示した科学映画もあるということでしたが、DVDが普及したおかげで、映像を止めることが容易になり、これを受けて牧さんが、ようやく科学映画の理想の媒体が現れてとてもうれしいと述べていたことが非常に印象的でした。コーディネーターを務めた佐倉統さんが述べていたように、時代がようやく牧さんの科学映画に追い着いたとも言えそうです。そして、このような科学映画の理想の使用例を実践して見せてくれたのが、長谷川智子さんと櫻井順子さんによる模擬授業でした。
対談相手をなさったフィルムセンター主任研究員の岡田秀則さんもおっしゃていたように、これまで牧さんの話をきちんと聞き、それを伝えてこなかったのは映画史の怠慢であると思わなくてはいけないかもしれません。それほど今回のワークショップは内容豊かであり、文句なしに面白いものでした。次回の記録映画プロジェクトによる企画は「岩波映画と女性」についてだそうで、年明け後に行われるようです。これもまた期待したいと思います。
木原
計4本の科学映画の上映の他、実際に中学・高校で現在教鞭をとられている先生が模擬授業したりするなど、プログラムの構成にも様々な工夫がなされ、観客を楽しませてくれます(途中、休憩の合図に学校のチャイムが鳴るサービスもありました)。特に『ものの燃える速さ』という映画では、粉々にされた炭に火がつき、それが爆発した瞬間、客席からは驚きの声が上がり、みなさんそれぞれが科学映画の魅力に引き込まれていっていたように思います。
しかしながら、今回のイヴェントで最も印象的だったのは、会場にいた多くの人が同様に感じたであろう、岩波映画製作所OB、牧衷(まきちゅう)さんのお話です。入社試験のエピソードから製作の苦労話、予算の問題など、当時の様子を実に鮮明に記憶されており、牧さんがもつ科学映画に対する情熱がひしひしと伝わってきました。このような話は単に歴史的証言として貴重なだけではありません。牧さんのお話で特に興味深かったのは、DVDという新しいメディアが持つ可能性についてです。科学映画はその性質上、基本的に学校の授業で使われていましたが(あるいは今回上映されたものにはテレビ用のものもありました)、その際、映像をいったん止め、実験の結果を彼らに考えさせたり、議論させたりすることが生徒の理解を促進する有効な手段になる場合があります。当時のフィルム上映の場合には、実際に映写機を一度止める必要があり、牧さんの話では、映写機を止める指示を字幕で示した科学映画もあるということでしたが、DVDが普及したおかげで、映像を止めることが容易になり、これを受けて牧さんが、ようやく科学映画の理想の媒体が現れてとてもうれしいと述べていたことが非常に印象的でした。コーディネーターを務めた佐倉統さんが述べていたように、時代がようやく牧さんの科学映画に追い着いたとも言えそうです。そして、このような科学映画の理想の使用例を実践して見せてくれたのが、長谷川智子さんと櫻井順子さんによる模擬授業でした。
対談相手をなさったフィルムセンター主任研究員の岡田秀則さんもおっしゃていたように、これまで牧さんの話をきちんと聞き、それを伝えてこなかったのは映画史の怠慢であると思わなくてはいけないかもしれません。それほど今回のワークショップは内容豊かであり、文句なしに面白いものでした。次回の記録映画プロジェクトによる企画は「岩波映画と女性」についてだそうで、年明け後に行われるようです。これもまた期待したいと思います。
木原
2009年10月10日土曜日
土本典昭の海へ
転載歓迎ということですので、
明日に開催が迫っているイベントですがここでも紹介させていただきます。
山形国際ドキュメンタリー映画祭2009自主講座
【山猫争議!】
土本典昭の海へ
2009年10月11日(日)22時─24時
香味庵1階奥(山形市内)
ツチモトを忘れるな。記 録映画作家・土本典昭(1928─2008)。その偉業をヤマガタの地で顕彰するのは、ドキュメンタリー映画を愛する者の務めであろう。これは追悼シンポ ジウムではない。遺された映画のいまだ見尽くしえぬ「光」を、映画の歴史・映画の現在へと召還するための、ワイルドキャットなアクションである。その光に みちびかれ、山形の秋の一夜、幻視の党が編まれ、無償の言葉が放たれるのだ。
山根貞男
上野昂志
鈴木一誌
諏訪敦彦
石坂健治(予定)
中村秀之
藤井仁子
*通訳無し、日本語のみ。
*聴講無料。参加退出自由。カンパ歓迎。
企画:岡田秀則・中村大吾
──以上、転載歓迎。
私は、今年も残念ながら山形に行くことができませんが、
なんだかすごすぎる企画であることは間違いありません。
佐藤
2009年10月3日土曜日
編集会議
昨日、『映画学』の編集会議を行いました。
内容は年内に発行予定の『映画学』第23号に掲載予定の論文の査読です。
同人のものを中心に、お互いの論文に目を通し、内容や体裁、誤字脱字のチェックなどをしていきます。
今年は日本映画と映画理論の特集を組む見通しもでき、意義ある会合だったと感じています。
また、議論は今後の『映画学』の編集・運営体制に及び、これについては同人それぞれに思うところがあり、難しさを感じさせられました。
映画研究という学問をめぐる環境も、『映画学』という同人誌の位置づけも、創刊当時とはずいぶんと変わってきています。そうした変化のなかで、『映画学』は今後どのような役割を担っていくことができるのか、担っていかなければならないのか。そのためには、現在の運営体制や発行形態で十分なのか。
現在の編集代表を務める身としては、疑問や不安はゼロではありません。今後もそうした疑問や不安は消えることはないと思いますし、また、そうした問題意識と改善の意思をなくしては『映画学』は良くない方向に向かっていってしまうとも感じています。
その意味で、今年度は新入生の積極的な協力もあり、そうした問題意識を共有し、改善への歩をすすめることができているという自負もあります。今後も時間と能力の許すかぎり、前に向かって少しずつでも進んでいければと思っています。
あっ、そう言えば、デイヴィッド・ロドウィック主宰のAesthetics and Philosophy of FilmのHPが更新されていましたね。ハーヴァード大学のVESでロドウィック先生自身が開講しているコースのシラバスなども見ることができ、映画学徒としては興味があるところです。
では。
今野真
内容は年内に発行予定の『映画学』第23号に掲載予定の論文の査読です。
同人のものを中心に、お互いの論文に目を通し、内容や体裁、誤字脱字のチェックなどをしていきます。
今年は日本映画と映画理論の特集を組む見通しもでき、意義ある会合だったと感じています。
また、議論は今後の『映画学』の編集・運営体制に及び、これについては同人それぞれに思うところがあり、難しさを感じさせられました。
映画研究という学問をめぐる環境も、『映画学』という同人誌の位置づけも、創刊当時とはずいぶんと変わってきています。そうした変化のなかで、『映画学』は今後どのような役割を担っていくことができるのか、担っていかなければならないのか。そのためには、現在の運営体制や発行形態で十分なのか。
現在の編集代表を務める身としては、疑問や不安はゼロではありません。今後もそうした疑問や不安は消えることはないと思いますし、また、そうした問題意識と改善の意思をなくしては『映画学』は良くない方向に向かっていってしまうとも感じています。
その意味で、今年度は新入生の積極的な協力もあり、そうした問題意識を共有し、改善への歩をすすめることができているという自負もあります。今後も時間と能力の許すかぎり、前に向かって少しずつでも進んでいければと思っています。
あっ、そう言えば、デイヴィッド・ロドウィック主宰のAesthetics and Philosophy of FilmのHPが更新されていましたね。ハーヴァード大学のVESでロドウィック先生自身が開講しているコースのシラバスなども見ることができ、映画学徒としては興味があるところです。
では。
今野真
2009年9月7日月曜日
「折衷音楽劇としての寶塚」第7回のお知らせ
イベント情報をいただきました。映画学研究会所属の仁井田千絵さんが発表されます。皆様ぜひご来場ください。
早稲田大学演劇博物館グローバルCOEプログラム
「オペラ/音楽劇の総合的研究プロジェクト」研究員自主企画
連続ゼミ「折衷音楽劇としての寶塚」第7回のお知らせ
■第7回テーマ:宝塚と映画~ステージとスクリーンの関連性を考える
主な参考作品:『ヘイズ・コード』(星組 2007)、『コンチネンタル』(映画 1934)ほか
日時:9月14日(月)16:00~18:00
場所:戸山キャンパス31号館313教室
(注意★通常の31-310を通り越して突当たりの教室です)
http://www.waseda.jp/itc/av/toyama/index.html
発表・コメント:仁井田千絵(日本学術振興会特別研究員・専門はアメリカ映画史)
解説・進行:山梨牧子(早稲田大学演劇博物館GCOE研究員)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
第7回 概要
第1部:シネマ時代の到来と宝塚歌劇
16:00-16:30
エンターテイメント産業の街として発展した宝塚を再認識し、
日本芸能史において宝塚映画製作所と歌劇団の関係はどのような位置を占めるかを提示。
また、舞台演出に使われる映画(フィルムまたはスクリーン)というメディアがいかに新時代を象徴し、
海外の映画スターが男役のダンディズムの造形に与えた影響などについて問題意識を促します。
第2部:ハリウッド映画の黄金時代と宝塚歌劇 ~ プロダクション・コードをめぐって
16:30-18:00(映像上映+ディスカッション含)
しばしば宝塚の演出家達が参考にしてきたハリウッドのミュージカル映画。例えば、アステア・ロジャースのコンビ作品に見受けられるプロダクション・コード(映画製作倫理規定)は、通称「すみれコード」と呼ばれる宝塚における制約に通じるものがありそうです。1934年にプロダクション・コードが制定された歴史背景を明らかにし、舞台を映画化する場合のテクニック、またその逆に、映画を宝塚が舞台化するときの手法を比較して1930年代のハリウッドと、その時代のイメージやムードを今に息づかせ続けている宝塚の娯楽作品における共通点を探ります。また、今月から東京宝塚劇場で上演される『ロシアン・ブルー魔女への鉄槌-』(雪組:作・演出/大野拓史)にも銘打たれている「スクリューボール・コメディ」という、プロダクション・コードがあったからこそ生まれたジャンルにも言及します。
http://kageki.hankyu.co.jp/revue/134/index.shtml
こちらのブログもご覧ください。
木原
早稲田大学演劇博物館グローバルCOEプログラム
「オペラ/音楽劇の総合的研究プロジェクト」研究員自主企画
連続ゼミ「折衷音楽劇としての寶塚」第7回のお知らせ
■第7回テーマ:宝塚と映画~ステージとスクリーンの関連性を考える
主な参考作品:『ヘイズ・コード』(星組 2007)、『コンチネンタル』(映画 1934)ほか
日時:9月14日(月)16:00~18:00
場所:戸山キャンパス31号館313教室
(注意★通常の31-310を通り越して突当たりの教室です)
http://www.waseda.jp/itc/av/toyama/index.html
発表・コメント:仁井田千絵(日本学術振興会特別研究員・専門はアメリカ映画史)
解説・進行:山梨牧子(早稲田大学演劇博物館GCOE研究員)
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第7回 概要
第1部:シネマ時代の到来と宝塚歌劇
16:00-16:30
エンターテイメント産業の街として発展した宝塚を再認識し、
日本芸能史において宝塚映画製作所と歌劇団の関係はどのような位置を占めるかを提示。
また、舞台演出に使われる映画(フィルムまたはスクリーン)というメディアがいかに新時代を象徴し、
海外の映画スターが男役のダンディズムの造形に与えた影響などについて問題意識を促します。
第2部:ハリウッド映画の黄金時代と宝塚歌劇 ~ プロダクション・コードをめぐって
16:30-18:00(映像上映+ディスカッション含)
しばしば宝塚の演出家達が参考にしてきたハリウッドのミュージカル映画。例えば、アステア・ロジャースのコンビ作品に見受けられるプロダクション・コード(映画製作倫理規定)は、通称「すみれコード」と呼ばれる宝塚における制約に通じるものがありそうです。1934年にプロダクション・コードが制定された歴史背景を明らかにし、舞台を映画化する場合のテクニック、またその逆に、映画を宝塚が舞台化するときの手法を比較して1930年代のハリウッドと、その時代のイメージやムードを今に息づかせ続けている宝塚の娯楽作品における共通点を探ります。また、今月から東京宝塚劇場で上演される『ロシアン・ブルー魔女への鉄槌-』(雪組:作・演出/大野拓史)にも銘打たれている「スクリューボール・コメディ」という、プロダクション・コードがあったからこそ生まれたジャンルにも言及します。
http://kageki.hankyu.co.jp/revue/134/index.shtml
こちらのブログもご覧ください。
木原
2009年9月3日木曜日
山中貞雄生誕100年
9月6日(日)、神戸映画資料館において、山中貞雄作品の上映とあわせ、演劇映像学コースの藤井仁子先生による映画講座「山中貞雄 論」が開催されます。
「おまけ上映」として
『海鳴り街道』(監督:山中貞雄/1936/断片約1分/染色版/35mm/)
の上映もあるようです。
本年は山中貞雄生誕100年の年です。
近郊にお住まいの方も、都内在住の方も当日は神戸へ駆けつけましょう。
佐藤圭
「おまけ上映」として
『海鳴り街道』(監督:山中貞雄/1936/断片約1分/染色版/35mm/)
の上映もあるようです。
本年は山中貞雄生誕100年の年です。
近郊にお住まいの方も、都内在住の方も当日は神戸へ駆けつけましょう。
佐藤圭
2009年9月1日火曜日
『映画学』編集会議
8月31日、昨日は午後からキャンパス内のラウンジで、『映画学』の編集会議を開きました。
話し合いの結果、このブログは会員が交代で更新していくことに決まりました。内容は、近況や研究活動の報告、演習や講義などの紹介です。書くからには面白いものを目指していこうと思います。今後ともよろしくお願いします。
また、会議では装丁や今号の特集などについても話し合いました。特集として、今回は日本映画に関わるものに取り組もうと考えています。詳しい内容はまだまだこれからですが、きっと面白い特集になるのではないかと思います。12月に発行される『映画学』第23号をお手に取り、ぜひ皆さま自身の目で確認していただければと思っています。
個人的な感想ですが、たまにこうして友だちと話すのも良いことだと、改めて感じました。自分の研究などについて話しているうちに、自分のなかでも考えがまとまってきます。話しているうちに、それまでは考えつかなかったアイディアが浮かんでくることもしばしばです。
こうして映画研究を志す仲間と切磋琢磨していられる時間も、残すところ僅かです。一日一日を大切に、『映画学』の編集、修論の執筆に力を注ぎたいと思います。
では。
今野 真(修士課程/映画理論)
話し合いの結果、このブログは会員が交代で更新していくことに決まりました。内容は、近況や研究活動の報告、演習や講義などの紹介です。書くからには面白いものを目指していこうと思います。今後ともよろしくお願いします。
また、会議では装丁や今号の特集などについても話し合いました。特集として、今回は日本映画に関わるものに取り組もうと考えています。詳しい内容はまだまだこれからですが、きっと面白い特集になるのではないかと思います。12月に発行される『映画学』第23号をお手に取り、ぜひ皆さま自身の目で確認していただければと思っています。
個人的な感想ですが、たまにこうして友だちと話すのも良いことだと、改めて感じました。自分の研究などについて話しているうちに、自分のなかでも考えがまとまってきます。話しているうちに、それまでは考えつかなかったアイディアが浮かんでくることもしばしばです。
こうして映画研究を志す仲間と切磋琢磨していられる時間も、残すところ僅かです。一日一日を大切に、『映画学』の編集、修論の執筆に力を注ぎたいと思います。
では。
今野 真(修士課程/映画理論)
2009年8月23日日曜日
武田ゼミのご紹介
はじめまして。
映画学研究会の佐藤です。
私たち映画学研究会のメンバーは、早稲田大学大学院 文学研究科 演劇映像学コースにおいて、特に映画学を専攻する大学院生で構成されています。
演劇映像学コースでは、現在、武田潔先生、小松弘先生による二つの演習が開講されていますが、今回は私の所属する武田ゼミの授業内容や雰囲気についてご紹介したいと思います。
武田ゼミでは主に映画理論研究、特に「映画における自己反省作用」を中心的テーマとして、英語およびフランス語の文献の購読を行っています。
本年度購読している文献は、
Stanley Cavell, The World Viewed (Enlarged Edition), Cambridge (Mass.), Harvard University Press, 1979.
です。
キャベルの――特に青年期の――映画体験が色濃く反映され、また「映画における自己反省作用」や「ジャンル研究」など広大な理論的・映画史的射程範囲を持つ本書は、いわゆる大文字の「映画史」とキャベル自身の「映画体験」、そして二十年そこそこしか生きていない私自身の「映画体験」との齟齬や融和を体験できる、きわめて刺激的なテクストです。この齟齬と融和は、先生にも大きな影響を与えているようで、ゼミ生の発表を受けて、キャベルや先生自身の「映画体験」について熱く語ります。
基本的に、毎週一人の発表者が持ち回りのテクストに関して、レジュメや映像資料を用いて発表するという形式をこのゼミでは取っています。真剣にときに和気あいあいと、映画理論における諸問題について議論を重ねています。
映画学研究会の佐藤です。
私たち映画学研究会のメンバーは、早稲田大学大学院 文学研究科 演劇映像学コースにおいて、特に映画学を専攻する大学院生で構成されています。
演劇映像学コースでは、現在、武田潔先生、小松弘先生による二つの演習が開講されていますが、今回は私の所属する武田ゼミの授業内容や雰囲気についてご紹介したいと思います。
武田ゼミでは主に映画理論研究、特に「映画における自己反省作用」を中心的テーマとして、英語およびフランス語の文献の購読を行っています。
本年度購読している文献は、
Stanley Cavell, The World Viewed (Enlarged Edition), Cambridge (Mass.), Harvard University Press, 1979.
です。
キャベルの――特に青年期の――映画体験が色濃く反映され、また「映画における自己反省作用」や「ジャンル研究」など広大な理論的・映画史的射程範囲を持つ本書は、いわゆる大文字の「映画史」とキャベル自身の「映画体験」、そして二十年そこそこしか生きていない私自身の「映画体験」との齟齬や融和を体験できる、きわめて刺激的なテクストです。この齟齬と融和は、先生にも大きな影響を与えているようで、ゼミ生の発表を受けて、キャベルや先生自身の「映画体験」について熱く語ります。
基本的に、毎週一人の発表者が持ち回りのテクストに関して、レジュメや映像資料を用いて発表するという形式をこのゼミでは取っています。真剣にときに和気あいあいと、映画理論における諸問題について議論を重ねています。
佐藤圭(日本映画、特に50年代の溝口健二作品の研究。作品のスタイルとその同時代や欧米の映画研究における受容の諸問題について)
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